雪の 「C62ニセコ号」 エバーグリーン賞受賞記念運行  (1989年)

いまから25年前、1989(平成元)年12月3日、C62ニセコ号がエバーグリーン賞受賞記念で特別運行されました。

夏場のC62ニセコしか撮った事がなかった私は、雪とC62の組み合わせが撮れる期待感で迷わず出掛けました。

当日、うっすらではありましたが函館本線山線エリアは雪があり、ホッと一安心です。初めから然別~銀山のSカーヴと決めてて現地に赴きました。この日は雑誌でおなじみの大塚克也さん・和田浩さんたちと現地でご一緒し、夜明け前から場所取りです。

SL通過まで約6時間、雪で滑りやすい斜面に約6時間立ちっぱなし。当時まだ学生だった私は結構平気でした。

結果として無事に「雪&C62」を撮る事が出来て、みんなでキハ183「北斗」~50系客レ「海峡」~14系「八甲田」を乗り継いで帰りました。

891203 然別~銀山 C62エバーグリーン

爆煙をあげて25/1000勾配を駆け上がるC62特別運行列車  函館本線:然別~銀山  (1989年12月3日)

891203 然別~銀山 トマムサホロエクスプレス

この日はトマムサホロエクスプレスも現地を通過しました  函館本線:然別~銀山  (1989年12月3日)

891203 C62エバーグリーン列車  ニセコ

ニセコ駅に到着した特別列車はHMを外して回送準備です。 函館本線:ニセコ  (1989年12月3日)

891203 C62エバーグリーン列車 回送  ニセコ

岩見沢から単機回送されてきたDD51につながれて、夕闇の中まもなく出発です。・・・ホント言うとSLよりもこっちの走行を撮りたかったです(笑)  函館本線:ニセコ  (1989年12月3日)

891203 長万部の駅弁

山線鈍行で長万部へ出て、かにめしを買って北斗に乗車。車内の多くの方々がコレをパクついていました
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「C62ニセコ号」 の送り込み回送  (1994年)

ここ最近すっかり撮りテツ縮小モードになっております。約3週間近く、まったく鉄道車両にカメラを向けておりません・・・冬枯れの景色が好きではないのと、仕事が忙しくあまり休めないのも理由です。

撮影に出かけないと、どうしてもこういう過去ネタになってしまい、反省しきりです・・・(〒д〒)シラ~。

で、今回のお題は、1995年に運行終了したC62ニセコ号の送り込み回送列車です。

運行当日の朝に、苗穂運転所から小樽へ、DE15に牽かれて函館本線を回送されていく旧型客車5連は、なかなか良い被写体でした。・・・ヘタをすると、C62ニセコよりも国鉄っぽい渋さがあったのでは・・・??

今JRに生き残ってる旧型客車は高崎の茶色か、北海道の濃紺色のみで、青ばかりの編成がないのは少し惜しい気もします。

1994年 C62送り込み回送

朝陽を浴びて銭函海岸沿いを行く旧型客車編成  函館本線:張碓~朝里にて (1994年7月)

1993年 C62ニセコ

今の高崎のC61やデゴイチでも、こういう青ばかりの旧客編成は見る事ができません。 函館本線:塩谷~小樽  (1993年8月)

いまから25年前の、JR北海道 「C62ニセコ号」   (1988年)

青函トンネルが開通した今から25年前 1988(昭和63)年は、JR北海道は話題豊富でした。

新登場のブルトレ北斗星と同じく話題だったのが、マンモスSL:C62の本線復帰でした。国鉄→JRへの転換の際、将来的な営業運転カムバックに向けての修繕が行われて1年、バブル好景気もこのSL復帰を後押ししました

コレは行くしかないと思って、学割周遊券でリーズナブルな北海道撮りテツを、以降何度も・・・。

運行開始から間もなくバブルも崩壊、運行にかかわるスポンサー企業の撤退や、かさむ運行経費に見合わない寄付金額など、大型SLと旧型客車運行維持がいかに難しいかという問題点が露呈し、1995(平成7)年限りで運行を終了しちゃいましたね。

でも今はいまでC11が旧型客車を牽いて、往時を偲ばせる活躍をしてくれてるのはせめてもの救いで喜ばしい限りです。・・・ホント言うと、2つ目のキューロクに復活してほしかったですが・・・(笑)

C623 小沢~倶知安

羊蹄山をバックに駆け抜けるC62  函館本線:倶知安~小沢  (1988年8月)

880805 倶知安

懐かしの旧:倶知安機関区のターンテーブルにて。 函館本線:倶知安  (1988年8月)

1988.8.1 臨時ニセコ 然別~銀山

繁忙期にはキハ27・キハ56による、臨時急行「ニセコ」も走ってました 函館本線:然別~銀山   (1988年8月)

1988.8.1 倶知安行き 然別~銀山

JR北海道標準色がこの頃はまだ普及しておらず、タラコ色DCが各停運用をこなしていました  函館本線:然別~銀山   (1988年8月)

青函トンネル開業からきょうで25周年

世紀の大事業、青函トンネル開業から、早いモノで25年を迎えました

コレで北海道から九州まで1本のレールでつながったわけで、特急北斗星やトワイライトエクスプレスも誕生しました。1988(昭和63)年3月13日の出来事です。

当時の式典を私はテレビで観て、「スゴイ時代がきたもんだなぁ~」と実感したのを覚えています。

日本中が好景気に沸くバブル景気の真っただ中、飛行機や学生割引で気軽に北海道に行けた時代でした。

マンモス蒸気のC623が復活したのもこの年。以降何度も渡道し、C62を追いかけたのは言うまでもありません。

880731 函館

1988年は青函トンネル開業祝賀ムードで盛り上がってました。駅前には青函博覧会の広告塔や、海峡を渡る青函連絡船のラスト広告などがあります。

880805 小樽築港運転区

旧:小樽築港機関区の扇形庫前にたたずむC623.この翌年1989(平成元)年にこの扇形庫は惜しくも解体されました。

890212 北斗84号とはつかり 函館

本州からトンネルをくぐってやってきた特急はつかりとキハ82の北斗85号が函館駅で並びます。このあとで私はキハ82の北斗に乗車しましたが、椅子がキハ183用のリクライニングシートに振り替えられており、快適でした。

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レイルファンにっしー

Author:レイルファンにっしー
週末中心にお出掛けの既婚会社員です。子供時代の1980年代からの現在に至る鉄道趣味記録をアップしていきます。

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