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前倒し廃線! さようなら札沼線:北海道医療大学~新十津川

利用者減を理由に、JR北海道 : 札沼線の北部区間である、北海道医療大学駅~新十津川駅47.6kmが、
令和2年4月17日(金)をもって、85年の歴史に幕を閉じました。

末端部は1日1往復のディーゼルカーの運行で、たびたびテレビでも取り上げられるほどの過疎路線でした。

本当ならGW明けの5月7日が廃止予定日でしたが、昨今のコロナウィルス被害拡大を受け、混乱を避けるため、
4月17日に前倒しをして、大々的なイヴェントも無しでの幕引きとなりました。

なんともさみしい限です。ほかにも北海道は、日高本線や、根室本線の滝川~新得間の廃線計画もあります

かつて、1980年代の前半までは、地図で見ると網の目のように、津々浦々に鉄道路線が張り巡らせてますが、
いまや地図上でもほんの少しの鉄道線しか見ることができません。隔世の感です。

今回の札沼線の部分廃止は、記念入場券セットの販売もないまま終息しました。自宅にある切符で振り返ってみましょう

札沼線廃止 Response20thさん画像-1

廃止の記念式典は、簡素なものだったようです。Response20th社さんの画像をお借りしました。 (2020年4月17日)

石狩金沢

石狩金沢駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

本中小屋

本中小屋駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

中小屋

中小屋駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

石狩月形

石狩月形駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  廃止区間内で唯一の駅員配置駅  令和2年5月7日廃止

札比内

札比内駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

晩生内

晩生内駅  1935 (昭和10) 年10月3日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

浦臼

浦臼駅  1934 (昭和9) 年10月10日開業  昭和59年3月30日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

下徳富

下徳富駅  1934 (昭和9) 年10月10日開業  昭和54年1月31日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

新と津川

新十津川駅  1934 (昭和9) 年10月10日開業  昭和61年3月2日限りで無人化  令和2年5月7日廃止

CSC_0266.jpg

かつては、新十津川駅は中間駅で、ここから留萌本線の石狩沼田まで線路が延びていました。
合理化の影響で、1972 (昭和47) 年6月18日限りで、この区間は廃線になりました。画像は最終日付券。

DSC_0267-1.png

廃止区間の新十津川~石狩沼田間 34.9km には、6つの有人駅がありました。いずれも 47,6,18 日限りで廃止
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山手線:高輪ゲートウェイ駅の硬券入場券

2020年3月14日のJRグループダイヤ改正で、JR山手線に49年ぶりの新駅ができました。

皆さんご存じの、「高輪ゲートウェイ駅」。・・・テレビのニュースで大々的に取り上げられてました。

新型コロナウィルスの影響で各地で人影がまばらな昨今、開駅イベントは自粛となりましたが、初物好きの方々が
たくさん駅に駆け付け、券売機で当日日付の切符を買おうと、なんと最大5時間待ちの大行列だったようです。

鉄道ファン好みの、「硬券入場券」 は、JR東日本では合理化により1991(平成3)年で取扱いを廃止してますが、
記念イベントの際は臨時で発売が継続されており、今回はネット注文のみの発売で、即完売だったようです。

私も入手しましたが、印刷様式はいかにも硬券入場券らしいレイアウトで、好ましいですね。

高輪ゲートウェイ駅 NEWSポストセブン-1

山手線で30番目の駅となる 「高輪ゲートウェイ駅」 。建築家・隈研吾氏のデザインで、構内には無人コンビニなど、
新システムが多く取り入れられています。  (NEWSポストセブンさんの画像をお借りしてます)

高輪ゲート

こちらは硬券入場券。ダッチングマシンふうの日付印字で、小児用断片もあり、好ましいデザインです。

高輪2

クリアホルダーと切手セットも一緒におまけとしてついてました。

上越新幹線  ガーラ湯沢駅の硬券入場券

上越新幹線の越後湯沢駅から分岐する、スキー場直結の季節営業駅の。「ガーラ湯沢駅」。

開駅は30年前、1990年12月20日、バブル景気末期の頃でした

当時は、東京から75分、週末のハナキンのアフター5 (・・・ってか、これ死語??) に、スーツ姿で現地へGO!
レンタルスキーでナイターゲレンデに繰り出し、その日のうちにまたスーツに着替えて東京へ戻れるのがウリでした。

トレンディードラマが流行り、ソバージュやワンレンのヘアスタイル ・ 肩パッド入りスーツがおしゃれの最前線で、
イタ飯やティラミスを食べに行くのが話題のこの頃は、今よりおしゃれな時代だったかも??

私はバブル景気がギリギリわかる年代で、例にならって、学生の分際でロシニョールやフェニックスのスキー用品で
ゲレンデに繰り出し、ドラマや映画の憧れのシーンを真似たりしてました。・・・ま、いまはスノボ時代ですけどね。

ところで、ガーラ湯沢駅の開業日は、窓口で硬券入場券がほんとうに販売されたかは謎で、市場に流通した硬券入場券
は、東京印刷所の正規品か否かも不明です。ただ、昔から人気の稀少券で、30周年を記念して復刻してほしいものです。

Gala-yuzawa_sta_201802

30年前の開業時からの駅舎。リゾート地らしい作りですね。  (Wikipedia画像より)

ガーラ湯沢 入場券

自宅にある、限定品の硬券入場券。 2010年には20周年記念で、印刷様式の異なる復刻入場券が出ました。

廃線まで半年。 留萌本線末端区間の 「硬券入場券セット」 発売。

2016年12月4(日)をもって廃線となる、JR北海道:留萌本線の末端区間、留萌~増毛間 16.7km の記念入場券セットが、
6/10にJR北海道旭川支社より発売されました。全10枚セットで1700円。深川と留萌の窓口で取り扱い中です。

私も1冊入手しました。通常の硬券入場券と全く同じ、札幌印刷所標準の印刷様式で、とても好ましい切符ですね。特に、開業以来無人の駅も含まれてて、なかなか収集意欲をそそられます。

近年の留萌本線は、「よく営業継続できるなぁ・・・」 と哀しくなるほどに乗車人員が落ち込み、1日当たりの利用客は全線を通して何と200人程度!・・・末端の留萌~増毛間はwikipediaによると1日39人程度だそうで、これでは営業努力ももう限界です。

JR北海道では近年では江差線がなくなったのは記憶に新しいですが、まだ今後、札沼線の末端区間、石勝線の夕張方面、日高本線など、存続が危ぶまれる路線が点在します。新幹線進延需要もパッとしないJR北海道の今後の方向性、どんなふうに行くのか、我々鉄道ファンも気になります・・・。

IMG_0002 留萌本線

こちらが硬券入場券セット。コレクターとしては嬉しい入場券セットですが、発売と引き換えに廃止なのは寂しいです。

1989.08-1.01 増毛

大学時代の平成元(1989)年に訪問した時の増毛駅。・・・いまは駅舎も大がかりに改築され、面影はありません。 昭和63(1988)年8月一杯で簡易委託営業を解除され、完全無人駅となりました。   (1989年8月1日撮影)

890315 増毛駅

こちらは冬の増毛駅の夜の風景。・・・かつては多くの駅員が在籍し、待合室にはストーブが焚かれ、町の玄関口として機能してたのも昔話です。    (1989年3月6日撮影)

1989.08.01 増毛3

こちらは廃止記念グッズのクリアファイル。JR北海道許諾済み。 左側の2カットは私の撮影のモノをご採用いただきました。製品化にご尽力いただきました安田様お礼申し上げます。



懐かしの 「新垂井駅」 硬券入場券

久々の硬券切符ネタになります。

先日、東海道本線の迂回ルート 「垂井線」 で貨物撮影をしましたが、その際に、ふと思いました。「ここには新垂井駅があったんだ・・・」  と。 もう廃止されてから随分経ちます・・・。

今でもホーム跡は残ってますが、駅舎は解体されて更地になっています。

そもそも戦時中に東海道線の輸送力を増強する目的で建設された駅です。 大垣~垂井~関ヶ原の25パミール急こう配を避けて緩やかな迂回路線が造られた際に誕生した駅で、1日数本の下り列車のみが停車する変わった駅でした。

しかしその不便さゆえに利用客はまばら、1972 (昭和47) 年3月31日限りで無人化されました。

無人化後も駅は存続しましたが、次第に荒廃していき、国鉄最後のダイヤ改正の1986 (昭和61) 年11月1日をもって過去帳入りし、伝説のかなたへと消えて幾歳もの月日が流れました。

草生した旧:新垂井駅ホーム跡を、いまもEF210貨物列車や683系 「特急しらさぎ号」 などが走り、幹線の面目を保ってはいますが、これらはあくまで急こう配を避けた迂回列車。通勤通学の旅客輸送はすべて “本線” 側を走ります。 ・・・私がまだ小さい頃は、マンモス電機EH10が轟音を立てて新垂井駅を駆け抜けた事でしょう。観ておきたかったな~と、しみじみ思います。

新垂井駅 1986.03 月-2 - コピー

立派な木造駅舎の 「新垂井駅」 。 こちらの画像は駅舎訪問HPでおなじみの「さいき様」からご頒布いただいた画像です。撮影は1986 (昭和61) 年。廃止・解体される少し前だそうです。 左側の柵がホームとの仕切りです。

001-S-TARUI3.gif

位置関係はこんな感じ。こちらも「さいき様」のHPより。

CSC_4078 新垂井

自宅にある新垂井駅の無人化最終日の硬券入場券。流通枚数はおそらく百数十枚程度ではないかと思われます。

S0413735 新垂井駅跡2

旧:新垂井駅構内で撮った 「しらさぎ号」 。雑草や樹木が生い茂り、高速運転の特急車内からは、ここが駅跡とはわかりづらいでしょうね。



プロフィール

レイルファンにっしー

Author:レイルファンにっしー
週末中心にお出掛けの既婚会社員です。子供時代の1980年代からの現在に至る鉄道趣味記録をアップしていきます。

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