廃線まで半年。 留萌本線末端区間の 「硬券入場券セット」 発売。

2016年12月4(日)をもって廃線となる、JR北海道:留萌本線の末端区間、留萌~増毛間 16.7km の記念入場券セットが、
6/10にJR北海道旭川支社より発売されました。全10枚セットで1700円。深川と留萌の窓口で取り扱い中です。

私も1冊入手しました。通常の硬券入場券と全く同じ、札幌印刷所標準の印刷様式で、とても好ましい切符ですね。特に、開業以来無人の駅も含まれてて、なかなか収集意欲をそそられます。

近年の留萌本線は、「よく営業継続できるなぁ・・・」 と哀しくなるほどに乗車人員が落ち込み、1日当たりの利用客は全線を通して何と200人程度!・・・末端の留萌~増毛間はwikipediaによると1日39人程度だそうで、これでは営業努力ももう限界です。

JR北海道では近年では江差線がなくなったのは記憶に新しいですが、まだ今後、札沼線の末端区間、石勝線の夕張方面、日高本線など、存続が危ぶまれる路線が点在します。新幹線進延需要もパッとしないJR北海道の今後の方向性、どんなふうに行くのか、我々鉄道ファンも気になります・・・。

IMG_0002 留萌本線

こちらが硬券入場券セット。コレクターとしては嬉しい入場券セットですが、発売と引き換えに廃止なのは寂しいです。

1989.08-1.01 増毛

大学時代の平成元(1989)年に訪問した時の増毛駅。・・・いまは駅舎も大がかりに改築され、面影はありません。 昭和63(1988)年8月一杯で簡易委託営業を解除され、完全無人駅となりました。   (1989年8月1日撮影)

890315 増毛駅

こちらは冬の増毛駅の夜の風景。・・・かつては多くの駅員が在籍し、待合室にはストーブが焚かれ、町の玄関口として機能してたのも昔話です。    (1989年3月6日撮影)

1989.08.01 増毛3

こちらは廃止記念グッズのクリアファイル。JR北海道許諾済み。 左側の2カットは私の撮影のモノをご採用いただきました。製品化にご尽力いただきました安田様お礼申し上げます。



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かつての北海道秘境駅 「中越駅」 「上越駅」 「神路駅」 の硬券入場券

北海道の旭川~網走を結ぶ長大地方交通路線 : 石北本線には、かつて 「中越駅」 「上越駅」 という秘境駅がありました。・・・ともに今から40年前の1975(昭和50)年12月24日限りで窓口業務は廃止となりました。

上越駅は翌12月25日から信号所格下げとなり、中越駅はその後も無人駅として存在し、2001年6月30日限りで旅客駅としての使命も終え、信号所格下げとなりました。

両信号所とも全く人家のない山奥の秘境で、何でこんなところに??と首をかしげるくらいです。・・・ただ、旧駅舎設備は荒廃が進みつつも補修され、保線作業員の詰所として残ってるのは幸いですね。

また、旭川~稚内を結ぶ宗谷本線には、かつて 「神路駅」 という聞き慣れない名前の駅がありました。

実は私もつい数年前までその存在すら知りませんでしたが、偶然その駅の切符を入手する機会があり存在を知った次第です。・・・いまから38年前、1977(昭和52)年5月24日限りで駅としての使命を終えました。

もういまは神路駅跡は更地になって跡かたもないようですが、何となく興味が沸いて跡地を観に行きたい気分にもなります。

000515 中越駅2

石北本線:旧中越駅。旅客駅としての使命を終える1年前に訪問した時の画像です。

中越

無人化前日の入場券。自宅には券番号600番台の最終日券が2枚あり、枚数的には比較的多くファンの手元に行きわたってるのかも知れません。 昭和50年12月24日 有人最終日。

上越駅 廃止後

石北本線:旧上越駅。・・・私はまだ訪れた事はなく、他の方の画像を引用させていただきました。検索すると多くの秘境駅ファンの方々が現地を訪れてらっしゃるみたいですね。・・・今はトタン貼りで大がかりに補修されて印象が変わったそうです

上越

無人化前日の入場券。自宅には券番号400番台と500番台の最終日券が2枚あり、中越駅同様、ある程度の枚数がファンの方々の手元に収蔵されている事でしょう。 昭和50年12月24日 有人最終日。

神路駅 画像

宗谷本線:旧神路駅。・・・こちらも他の方の画像を引用させていただきました。廃止後も21世紀初頭までは旧駅舎が存在してたそうで、観て見たかったです。

神路

無人化前日の入場券。自宅には券番号100番台の最終日券が2枚あり、60円券は発売期間が短かった事もあり、上記の2駅に比べ、流通枚数はさほど多くはないようです。 昭和52年5月24日 有人最終日。

廃止から20年。懐かしの深名線の硬券入場券

久々に昔のJR北海道の硬券切符ネタです。

多くのファンに愛された北海道の超赤字ローカル線 : 「深名線」 。その名のとおり、深川 (函館本線) と名寄 (宗谷本線) を結ぶ全長121,8kmの長大路線。人煙まれな原野を駆ける状況下で末期は1日の乗降客が数十人だったようです。

深名線と言えば、道内有数の豪雪地帯ゆえにDD14のロータリー除雪が有名でしたが、私は実際に除雪運転中の姿を拝むことは叶わず、深川や名寄で待機する姿を撮ったのみでした。

1995(平成7)年9月3日をもって長い歴史に幕を閉じ、はや20年を迎えました。 ・・・廃止時には旭川支所のいきな計らいで「お別れグッズ」も多く発売され、全駅硬券入場券セットや惜別オレンジカードも出ましたね。

自宅にある深名線の硬券切符を少しご紹介です。

950903 多度志~宇摩

深名線のさよなら運転では、通常では日中単行運転なのに5連の特別編成が走りました。増結用にキハ54やキハ40北海道色が加わってます。、  深名線 : 多度志~宇摩 (1995年9月3日)

890217 名寄運転区DD14

深名線の冬の名物、DD14重連ロータリー除雪車。通称 : 「特雪」 と呼ばれる運行ダイヤで除雪仕業に充当されました。 この日はアイドリング待機中でしたが存在感あってデカいですね。  深名線 : 名寄 (1989年2月17日)

DSC_3595 150201 深名線 57.3.28 最終日券

超赤字路線ながらも有人駅が多く存在しましたが、合理化により1982(昭和57)年3月28日をもって、上多度志 ・ 幌成 ・ 沼牛 ・ 雨煙別 ・ 添牛内 ・ 天塩弥生 の6駅が無人化されました。 有人最終日の入場券

DSC_3597 150201 深名線 59.11.9 最終日券

1984(昭和59)年11月9日限りで、多度志 ・ 鷹泊 ・ 政和 ・ 北母子里 の4駅が無人化。直営で残るのは 「幌加内」 「朱鞠内」 のみとなりました。

DSC_3596 150201 深名線 2.3.9 最終日券

利用者のほとんどいない駅の部分廃止も行なわれ、JR化後の1990(平成2)年3月9日をもって 白樺 ・ 蕗ノ台 ・ 雨煙別 ・ 政和温泉 が廃止され、続いて新富駅も同年8月いっぱいで廃止されました。・・・そして平成7年9月4日付で全線廃止です。

幌加内駅 1990.06 月

沿線の中核的存在として最後まで駅員配置だった幌加内駅。タブレット交換が行われ、硬券切符も販売され、国鉄末期まではキヨスクもあったようです。  (1990年6月 画像提供:さいき様)

沼牛駅 1990.06 月

かなり古ぼけて傷んでいる沼牛駅。厳しい北海道の気候を乗り越えてきた風情が感じられます。廃止直前には補修のため板が打ちつけられて痛々しい外観になってしまいました。    (1990年6月 画像提供:さいき様)

朱鞠内駅 1990.06 月

幌加内と供に最後まで駅員配置だったもう一つの駅 : 朱鞠内駅。  (1990年6月 画像提供:さいき様)

政和駅 1990.06 月

人気駅舎スポットだった政和駅。廃止間近には多くの木造駅舎が補修を受けて痛々しい姿になって行った中、この姿のまま最期を迎えました。  (1990年6月 画像提供:さいき様)

添牛内駅 1990.06 月

添牛内駅。政和や沼牛とよく似た外観で人気の駅舎でしたが、このあと同駅も廃止直前には補修工事で板を打ちつけられて哀しい姿でした。   (1990年6月 画像提供:さいき様)



留萌本線の入場券

函館本線:深川から増毛の66.8キロを結ぶJR留萌本線。今や1日の乗降客数百人という全国有数の超赤字路線です。

今から30年前の1984(昭和59)年2月1日、仮乗降場駅(JR化後に駅に昇格)以外は全駅有人駅だった留萌本線に、合理化の大ナタが振るわれ、留萌以外の全駅が無人化されました。(石狩沼田は後に 簡易委託→ 直営→ 再委託化)

まだ当時は留萌発のDE10牽引の長大石炭列車が最後の活躍をしていた頃でしたが、この59.1.31 付けで、他の地域でも多くの駅が無人化されましたね。

90年代末期に復活したC11が何度か入線して一時は賑わいましたが、また今はさびれてしまってますね。

IMG-1.png

高倉健さん主演の映画:「駅-STATION-」 (1980年 東宝) の舞台にもなった終点増毛駅。25年前の春休みに撮った画像です。駅舎はいまは大がかりに改築されて面影はありません  (1989年3月6日)

留萌本線入場券

自宅にある留萌本線の入場券。昭和59年2月1日付けで、殆どの駅が無人化されました。深川・石狩沼田・留萌以外は窓口営業最終日の日付です。

増毛

縁起駅名でおなじみの「増毛駅」は、今も留萌駅で代行販売されています。

(ム)増毛から舎熊

昭和59年2月1日に無人化された増毛駅はその後、留萌駅から職員出張の簡易委託駅として細々と乗車券のみの販売が行われてましたが、のちに完全無人化。たしか1988(昭和63)年の8月末ごろだと思いますが定かではありません。

石狩沼田から新十津川

留萌本線と言えば、1972(昭和47)年6月18日までは、石狩沼田で札沼線の新十津川方面と線路が繋がっていましたが、利用客激減で 47.6.19 をもって廃止されました。こちらは最終日の乗車券 (青地紋) です。

890306 増毛

凍てつく夜の増毛駅と、ホームに佇むキハ22。かつて漁業で栄えた増毛の玄関口は、1978(昭和53)年に貨物取り扱いが廃止され、側線やターンテーブルも消え、どんどん往時の賑わいが失われていきました。 (1989年3月6日)

士幌線 十勝三股駅の80円入場券  ( 昭和53.12.24限りで休止 → 昭和62.3.23 路線廃止)

今から35年前の12月24日 、都会はXmasイルミネーションで賑わい、ピンクレディーのUFOや、山口百恵さんの“プレイバックPart2"などが街に流れてた頃の出来事です

人家もまばらな北海道のローカル線:士幌線の末端部 糠平~十勝三股間18,6キロが国鉄初の運行休止区間となりました。Wikipediaによると、当時のこの区間は1日の利用者が6人、営業係数は22.500円だったとか・・・。

これは起点の帯広~糠平間の営業係数の20倍にも上る収支値で、士幌線全体の赤字の大きな原因にもなってたみたいです。かつては木材輸送で賑わった十勝三股の街はすでにゴーストタウンだったんですね。

当時まだほんの子供だった私はもちろん現地を訪れることなどなく、いろんな文献で当時を振り返るのが関の山ですが、大人になってから当時の切符を手に入れる事ができたのはせめてもの救いです。その一部をご紹介です。



※追記 :北海道入場券の研究にお詳しい方からコメント欄に興味深い情報を戴きました。

お話によると、十勝三股80円入場券は、営業休止後に流出した廃札券に、最終日日付を「事後印字」したモノが市場に多く流通してるそうですね。やはりというか、切符業者の方が大量に仕入れられたのでしょうか??
画像4枚目の右上券がその例で、真券と廃札券のちょっとした見分け方もご教授戴き有難うございました。


101019n004-2.jpg

鉄道ホビダス編集長さんHPで紹介されてた十勝三股の画像をコピーさせていただきました。一度私も観て観たかったです。1975(昭和50)年の様子だそうです。

101019n006.jpg

こちらも鉄道ホビダス編集長さんHPで紹介されてた十勝三股の画像をコピーです。背後にある車両基地や車庫・ターンテーブルなどが、かつて高度経済成長時代に駅が華やかかりし頃のなごりでしょうか。

DSCF8200 131222 十勝三股

営業最終日の十勝三股駅の入場券。正規に駅で売られた発行枚数は200~300枚だそうです。

DSCF8199 131222 十勝三股

自宅に今あるのはこの4枚のみ。状態は比較的良好です。

DSCF7439 十勝三股から帯広

十勝三股駅発行の、起点帯広行きの乗車券 最終日付です。

DSCF7442 十勝三股 乗車券

営業休止の昭和53年12月25日以降から、完全廃止前日の昭和62年3月22日まで、この硬券乗車券が転換バスで使われてたそうです。転換バス自体は路線廃止後も近年まで運行されてたみたいですね。
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レイルファンにっしー

Author:レイルファンにっしー
週末中心にお出掛けの既婚会社員です。子供時代の1980年代からの現在に至る鉄道趣味記録をアップしていきます。

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