懐かしの 「新垂井駅」 硬券入場券

久々の硬券切符ネタになります。

先日、東海道本線の迂回ルート 「垂井線」 で貨物撮影をしましたが、その際に、ふと思いました。「ここには新垂井駅があったんだ・・・」  と。 もう廃止されてから随分経ちます・・・。

今でもホーム跡は残ってますが、駅舎は解体されて更地になっています。

そもそも戦時中に東海道線の輸送力を増強する目的で建設された駅です。 大垣~垂井~関ヶ原の25パミール急こう配を避けて緩やかな迂回路線が造られた際に誕生した駅で、1日数本の下り列車のみが停車する変わった駅でした。

しかしその不便さゆえに利用客はまばら、1972 (昭和47) 年3月31日限りで無人化されました。

無人化後も駅は存続しましたが、次第に荒廃していき、国鉄最後のダイヤ改正の1986 (昭和61) 年11月1日をもって過去帳入りし、伝説のかなたへと消えて幾歳もの月日が流れました。

草生した旧:新垂井駅ホーム跡を、いまもEF210貨物列車や683系 「特急しらさぎ号」 などが走り、幹線の面目を保ってはいますが、これらはあくまで急こう配を避けた迂回列車。通勤通学の旅客輸送はすべて “本線” 側を走ります。 ・・・私がまだ小さい頃は、マンモス電機EH10が轟音を立てて新垂井駅を駆け抜けた事でしょう。観ておきたかったな~と、しみじみ思います。

新垂井駅 1986.03 月-2 - コピー

立派な木造駅舎の 「新垂井駅」 。 こちらの画像は駅舎訪問HPでおなじみの「さいき様」からご頒布いただいた画像です。撮影は1986 (昭和61) 年。廃止・解体される少し前だそうです。 左側の柵がホームとの仕切りです。

001-S-TARUI3.gif

位置関係はこんな感じ。こちらも「さいき様」のHPより。

CSC_4078 新垂井

自宅にある新垂井駅の無人化最終日の硬券入場券。流通枚数はおそらく百数十枚程度ではないかと思われます。

S0413735 新垂井駅跡2

旧:新垂井駅構内で撮った 「しらさぎ号」 。雑草や樹木が生い茂り、高速運転の特急車内からは、ここが駅跡とはわかりづらいでしょうね。



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こんばんは。
東海道本線で旅したことはあれど、いつも普通列車でのんびりと行くことばかりで、新垂井経由の列車に乗ったことがありません。
以前ならば、敢えて新垂井経由の普通列車を選んで乗ることもできたのでしょうが、今では特急列車に乗らないといけませんね。
お写真を拝見しまして、随分味わいのある駅舎に、訪ねてみたかったとの思いは高まります。
あまりの利便性のなさに、利用する乗客は殆どいなかったものと思いますが、細々とでも営業していた時代があったことを、切符を拝見して改めて実感しました。
記事、楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc

Re: タイトルなし

風旅記さんこんにちは。コメントありがとうございました。

新垂井駅、私も実際にこの駅から乗車したことはなく、今のジュニア世代にはその存在すら知られてない懐かしの駅です。開業時から利便性の悪かった駅ながらも、昭和47年まで駅員がいたというのもなかなか興味深い事ですね。

特急しらさぎに乗車の機会があれば、ほんの一瞬でも眼を凝らして車窓からその跡地を見る事が出来ますが、出来れば秘境駅イヴェントで普通電車を走らせてほしいものです。
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Author:レイルファンにっしー
週末中心にお出掛けの既婚会社員です。子供時代の1980年代からの現在に至る鉄道趣味記録をアップしていきます。

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